裁判の争点である、楽が噛みつかれたとき、被告犬はノーリード状態(被告の手からリードがはなれた状態)だったことは認定されませんでした。
ノーリードが認定されなかった理由はいくつかありますが、決め手は被告の友人の証言でした。
一部ではありますが、私たち原告・被告・被告の友人の主張・判決を記載します。 ※以降、被告の友人は『被告友人』、被告の友人の犬は『被告友人犬』と記載します。
原告・被告・被告友人間の距離に対する主張
■原告
- 被告と約8mの距離を置き天候の話をした。被告友人は遠方におり事件当日、一言も話をしていない。
- 距離を取っていたのは、被告犬の咬傷歴を知っていたこと、遠方にいる被告友人犬がノーリードであったこと。それらを避け、充分な距離を取ったら約8mだった。
- 被告友人犬がノーリードで走り寄って来たので、楽と2度後ずさりするのがやっとだった。被告友人犬に直ぐに距離を詰められたので後ずさりをした。それにより更に距離は開いた。
- 被告犬は、原告の右側を通過し、背後に回り込んで噛みついた。
※私たちが被告犬がノーリードだったと主張した点は他にもありますが、裁判官が判決を下すのに重きを置いたところを抜粋して記載しています。
■被告
- 被告、被告犬の側には、被告友人、被告友人犬がいた。被告友人犬はノーリードだった。そこへ原告が楽を連れてやって来た。
- 原告・被告・被告友人、3人で立ち話をした。相互の飼い主の距離は1m~1.5mだった。被告と楽の距離は1mとか1.5m。
- 原告は後ずさりはしていない。近接した位置にいた。
- 被告犬は、原告の左側を通過し、背後に回り込んで噛みついた。
■被告友人
- 3人で立ち話をした。相互の距離は1m~2m弱。
- 事件直前、楽と被告犬の距離は1m~2mくらい。楽と被告の距離は2~3m。
- 被告犬は、原告の左側を通過し、背後に回り込んで噛みついた。
- (被告犬が噛む時、被告のどちらから回り込んだ?と聞かれ、)被告犬がたぶん右側から回り込んで噛みついた。
■判決
- 3人は立ち話をしていた。3人の距離はそれぞれ約1~2m。
- 被告、被告友人の距離についての供述は概ね一致する。立ち話をする距離として自然。
- 被告友人は、本件について特段の利害関係を有する事情はない。距離について虚偽を述べるとは考えにくい。
- 8mという距離は立ち話をする距離として不自然。原告の主張は採用できない。
- 被告友人の犬を注視していた原告の視界に被告犬も入っていたと考えるのが自然。
被告犬はノーリードだったのか
■原告
- 事件時、被告犬は被告の手からリードがはなれたノーリード状態だった。
- 後日、ノーリードを指摘すると、「私はリードを持っていたが、手からはなれてしまった。」「リードが手からすり抜けた。」と言った。
■被告
- リードを終始持っており、ノーリードではなかった。
- リードが短く、引き戻そうと思っても原告が真ん中にいて、なかなか引き戻せなかった。
- 被告犬が原告の背後に回り込み、リードも原告の背後に回ってしまった。リードが引きにくい状態になったが、リードをはなしたことはなく、被告犬と楽を引き離すためにリードを引く措置を講じた。原告が移動すれば、容易に被告がリードを引きにくい状態を解消することができたが、原告はこうした行動にでなかった。
■被告友人
- 被告犬はリードをつけており、すぐ引き離した。
- 被告犬は一瞬、噛みついた。被告はリードを持っていたので、ぱっと自分の方に引き、すぐ離れた。
■判決
- 被告はリードをはなしたことはないと供述。信用性が認められる被告友人の供述とも一致。信用できる。被告はリードを手ばなしていなかったと認められる。
- 原告は被告犬がノーリードの状態だったと供述。根拠は8m以上距離を置いていたからというものである。原告と被告の距離が8m以上離れていたと認められないことから、原告の供述は前提を欠く。
- 被告は、リードによって被告犬を適切に制御すべき義務を怠ったと認められる。
被告犬の咬傷歴
■原告
- 被告犬は過去に咬傷事件を起こしている。
- 犬がお尻のにおいを嗅がせてくれない、嗅がせてもにおいが気に入らないと犬のお尻に噛みつくことを被告本人が言っていた。
- 被告犬の被害に遭った犬の飼い主たちからも話を聞いていた。
- 今回の咬傷事件後、電話のやり取りで原告が「お尻噛むって言ってたでしょ?」「前から噛むって言ってたから」と指摘したとき被告は、「ちょっと脅しみたいなさ」「やっぱそれもいけないから」「直さなきゃいけない」と答えていた(録音音声を裁判で証拠提出している)。
■被告
- 被告犬は他の人・犬に噛みついたことはない。しつけが行き届いた穏やかな性格の犬。
- 甘噛みはあるかも。成長過程でどんな犬にもある。
- 過去に他の犬に噛みついたとしても、直ちに噛み癖のある犬と決めつけることはできない。
■被告友人
- 被告犬が他の犬に噛みついたと聞いたことはない。
■判決
- 原告らは、被告犬が過去に咬傷事件を起こした犬であり、しつけに問題があったと主張するが、過去に被告犬が重大な咬傷事件を起こしたと認められる的確な証拠はなく、他に被告犬の飼育方法に問題があったことを伺わせる事情もない。
被告犬が噛みついたのはなぜか
■原告
- しつけができていない。犬が唸るのには理由があり、その意味を理解していない。
- 犬の社会化不足で、犬の噛みつきの抑制ができていない。
- 被告が、被告犬が過去に初めて他の犬に噛みついた時に適切な対応をしていれば、今回の事件は起こっていない。
- 被告が、『一度も他の犬なり人なりを噛んだことのない犬などいるのであろうか』との疑問を持っていること自体が、噛む犬の危険性に対する認識の甘さを表している。『噛みつくことを完全に封じることは困難』との認識を改めない限り、被告犬による咬傷事件は繰り返される。
■被告
- 被告犬が噛みついたのは、楽が唸ったことが原因。
- 被告犬に唸ったのではないと思う。被告友人犬と仲が良く、仲間意識で守った。
- 被告犬は動揺して噛みついた。犬が動揺・興奮すれば噛みつくことを完全に封じるのは困難であるし、一度も他の犬や人を噛んだことのない犬はいるのであろうか。
- 被告犬はしつけが行き届いた穏やかな性格の犬。他の犬に噛みつくことはない。
- 被告は講習会に参加し、文献も読んでいる。犬についての知識はある。
- 被告犬の行動を誘発したのは楽と被告友人犬の諍い。被告友人犬をノーリードにしていた被告友人の責任は重く、原告らは被告友人に責任追及してもよさそうだが、なぜか被告にばかり怒りの矛先が向いている。
- 被告犬の動揺は、被告友人が被告友人犬をノーリードにしていたこと。被告友人にも責任があると考えるのが自然。
■被告友人
- 被告犬は大人しくてよい子。通常、人や他の犬に噛みつかない。自分の犬(被告友人犬)と楽の様子を見て慌てたのかも。
- 自分の犬(被告友人犬)に楽が威嚇をした。それに反応して被告犬がちょっと威嚇をしに行った。お尻に噛みついた。
■判決
- 被告犬は、楽が被告友人犬に対し唸ったことに反応し、2~3回噛みついた。
楽の傷害について
■原告
- 排便困難に苦しんでいる。
- 軟便でも排便し終わるまで時間がかかる。
- 排便しきれず腸内に宿便が溜まる。
- 体重が増加、体型も変わりお腹が張って苦し気。
- ペットフード(アレルギー対応)が咬傷事件前の半分しか食べられなくなり、アレルギー調整が難しくなった。
- ビクビクしながら背後を振り返る頻度が増えた。
■被告
- 楽の傷害の程度は、「軽微なもの」「この程度」「さしたるものではない」
- 肛門の状態が安定したなら、便を我慢するおそれもない。排便状態は良くなるはず。
- 楽はもともと排便障害があった。
■被告友人
- 楽のケガの具合は見ませんでしたが、別に血がでているとか、そういうのもなかった。大したことはないと思っていた。
- (印象は軽い事故か?と聞かれ、)そうです。血も出ているというのも見えなかった。別にいつもあるように、ちょっと威嚇してたまたま歯が当たったという認識です。
- 犬だから牙があり、それが運悪く当たってしまった。実際、傷は私、見ておりませんが、当時の状況から判断すると、そんなにケガをしている、血がぽたぽた垂れているわけでもなかった。大けがだと思っていない。
- (今回の咬傷事件の印象を聞かれ、)犬ですから状況や気分もあり、犬が怒るのは日常茶飯事。
- 犬がよそのワンちゃんに噛みついても、大したことはないという認識。
■判決
- 楽は後遺症の可能性が指摘されるほどの傷害を負った。
- 被告の過失は一時的なもので、ことさらに重大な過失ではない。仮に被告が本件事件の際に一時的にリードから手をはなしてしまったという事実があっても左右されるものではない。
想像と現実は違います
裁判所は被告犬のしつけ・過去の咬傷歴は認定事実と判断しませんでした。
楽が唸ったから被告犬が噛みついたことは認定事実と評価しました。
その評価は、ノーリードで走って来る被告友人犬、ノーリード状態になり背後から噛みついた被告犬に対して『”来ないで”と声を上げることをせず、その状況を甘んじて受け入れろ』ということです。
被告は、楽が唸り原告が抱き上げなかったから事件は起きた、被告と過失を分け合う事案だという主張を繰り返しました。
犬の唸りとはどういうものなのかを裁判官に理解してもらうために文献を2冊証拠提出しましたが、判決には反映されませんでした。
大型でノーリードの被告友人犬は速く、私(原告妻)と楽は後ずさりするのがやっとでした。
リードに繋がれていた楽は自らの意思では動けません。逃げ場はありませんでした。
これは人間にも言えますが、親しくない相手が走り寄って来た、自分は動きを制限されているとなると出来ることは限られてしまいます。
- 「近寄らないで!」「来ないで!」「あっちへ行って!」と意思表示する。
- 自分の動きを制限しているものを攻撃し、逃げようとする。
- 走り寄って来た相手を攻撃する。
楽は2.のように、自分の動きを制限しているもの(リードを持つ私の手)を攻撃はしませんでした。3.もしませんでした。
被告犬と被告友人の犬に挟み撃ちされた楽の恐怖を考えると、私(原告妻)はなぜ守ってやれなかったんだと自分に腹が立ちます。
私は楽が噛みつかれるまで、襲ってくる犬がいても守りきれると思っていました。
でも実際はすごいスピードで走り寄って来る被告友人犬に対し、後ずさりしかできませんでした。
咬傷歴のある被告犬、ノーリードの被告友人犬を避け、安全だと思う距離を取っていたけれど、それでは足りなかったのです。
被告と約8mの距離を置き、立ったまま天候の話をしたこと、閑静な公園なので離れた距離でも問題はなかったこと、被告友人は遠方におり一言も話していないこと、被告・被告友人とは近くで話す間柄ではないこと、リードに繋がれている犬は自分で距離を取れないので、親しくない、問題行動がある犬を連れている飼い主には近寄らないというのが、自分の犬を守るために飼い主が行う防御策であることも主張しましたが信じてはもらえませんでした。
約8mという距離は実際に計測した長さです。
原告・被告・被告友人のみで会話をしていたなら、私の主張が不自然だと捉えることは理解ができます。
ですが、犬と散歩をする人ならわかると思いますが、相手の犬がリードに繋がれていても、「過去に咬傷歴がある犬で、お尻に噛みつく」ことを知っていたなら自ら距離を詰めるでしょうか?